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KITAHATA URBAN DESIGN CORPORATION

安井橋梁


南側より改札口の東エリア
西宮市/東海道本線(JR神戸線)
平成26年6月13日撮影(赤線は想像線)


我が国最古のねじりまんぽ
安井橋梁とその周辺の煉瓦構造物


■安井橋梁は、

平成19年のさくら夙川駅開業に伴い見ることができなくなりました。

おそらく、撤去または埋立されたものと考えられます。

安井橋梁の規模形状は次の通りです。

<文献2)、文献3)、文献5)参照>

   キロ程 573.246km

   竣工 明治6年(1873)2月(開業は翌明治7年)

   全  長 L=不明

   正径間 W=1.53m(5.0ft)

   斜径間  a=1.54m

   斜架角 θ=83°

   起拱角 β=5〜10°

安井橋梁が見られなくなるときの現場写真が

こちらで公開されています(外部リンク)

上の写真と比較すると残念な結果が分かります。



北側推定位置(写真中央付近) 北側周辺の歩道、水路状況


安井橋梁跡/位置図



■西宮の県事務所で打ち合わせの後、

JRの線路沿いに西へ歩きました。

”たけちゃん”が、ねじりまんぽ以外の煉瓦構造物も調べだしたので、

その参考にと、芦屋駅まで下調べです。

途中、確認した煉瓦構造物はねじりまんぽ以外では二件です。


■平松橋梁(煉瓦アーチ)

平松橋梁は谷崎潤一郎の

   『細雪』

に登場する”マンボウ”だそうです。文献3)

残念ながら被覆されていますが、

今でも周辺の方が生活道路として使っています。

   キロ程 572.767km

   竣工 明治6年(1873)1月

   正径間 W=1.83m(6.0ft)/以上文献2)
 
   煉瓦形状 11.5〜12.5cm×5.5cm(実測/小口幅:不明)


一部露頭する側壁は、建設当時のものと思われ、

神戸線の特徴である”ビシャン仕上げ”が見られます。

北側坑門

南側坑門
北側/新しい側壁と被服された側壁
被服がはがれた箇所
内部の様子 当時のものと思われる側壁
上段はビシャン仕上げ


■石広敷岩橋梁(煉瓦橋台)/とうかい418

   キロ程 572.915km

   竣工 明治7年(1874)1月

   正径間 W=5.41/以上文献3)
 
   煉瓦形状 11.5〜12.5cm×10.5〜11.0×5.0cm(実測)


北側 コ-ナー仕上げ/オランダ積み

南西ウイング 南東ウイング





INFORMATION

1.「ねじりまんぽ」とは
2.「ねじりまんぽ」を見に行こう
3.「ねじりまんぽ」の構造
4.「ねじりまんぽ」建設再現
5.番外偏
6.マスコミで紹介されました
7.「ねじりまんぽ」一覧表
8.参考文献/参考外部リンク

参考文献

1) 斜架拱(しゃかきょう)
/伊藤鏗太郎(イトウ コウタロウ)編訳/1899年(明治32年)

 我が国で初めて斜架拱”ねじりまんぽ”を単独で取り上げた書物と思われます。
 国立国会図書館・蔵書検索システム(外部リンク)で検索すると、原著のPDFデータを閲覧ダウンロードすることができます。


2) 鉄道と煉瓦−その歴史とデザイン

/著者;小野田 滋(おのだしげる)/鹿島出版会/2004発行

 煉瓦の歴史や組積方法鉄道構造物としてのデザイン等について記されています。
 全国45都道府県を調査した”足で書かれた論文”で、現在も購入可能です。


3) 阪神間 ・京阪間鉄道における煉瓦 ・石積み構造物とその特徴

/著者;小野田 滋/土木史研究 第20号/2000.5

 京阪神間の煉瓦 ・石積み構造物の特徴を捉え、現地調査結果をまとめています。(PDF/外部リンク

4) 組積造による斜めアーチ構造物の分布とその技法に関する研究
/著者;小野田 滋、河村清治、須貝清行、神野嘉希/土木史研究 第16号/1996.6

 「ねじりまんぽ」の分布や技法についてまとめた論文です。(PDF/外部リンク

5) 関西地方の鉄道における「斜架拱」の分布とその技法に関する研究」

/JR西日本 河村清治、小野田滋、木村哲夫、菊池保孝/土木史研究 第10号/1990.6

 JR西日本管内の「ねじりまんぽ」を本格的に調査し、まとめています。(PDF/外部リンク


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