本家・高槻城の矢穴 |
■「山崎煉瓦アーチ群」の基礎を支える、「高槻城の石垣」
高槻市のホ−ムペ−ジによれば、
『高槻城は、南北朝期の入江氏の居館に始まり、
天正元年(1573)、キリシタン大名で知られる高山右近が
町屋を城内にとりこんで堅固な城郭を築きました。
大坂夏の陣ののち元和3年(1617)、
江戸幕府による直営改修工事が行われました。
慶安2年 (1649)には永井直清が入城、
以後、幕末まで高槻藩(永井家)の居城となります。
明治7年(1874)に京阪間鉄道建設のため石垣が破却され、
用材として使われました。』
となっています。
■また、特筆すべき事として、
『(城跡の)発掘調査によって、
軟弱な地盤での石垣築造を可能にした
梯子胴木(はしごどうぎ)や強固な土手を築く工法など、
江戸時代の高度な土木建築技術が明らかにされています』
と書かれています。
■と言うことで、
「山崎煉瓦アーチ群」
に使われた基礎石の本家を探索です。
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上/入り口右・城址公園の碑
下/公園正面・城址公園の碑 |
高山右近の銅像 |
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正面碑/鳩が止まっているのが矢穴の有る石 |
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拡大写真 |
花壇に隠れた矢穴 |
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正面右のスペース |
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どかんと、矢穴の有る石が置いてある |
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腰積みに使われている石にも矢穴が・・・ |
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旧笹井家住宅 |
■公園内には「高槻市指定有形文化財」の
旧笹井家住宅
が復元保存されています。
江戸時代中期の町屋建物で、
古い民家の姿を残しています。
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外観 |
中の様子 |
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