■高校〜大学時代の友人が大阪に帰ってきて以来、
彼が『はまった』明治時代の土木遺産
” ねじりまんぽ ”(煉瓦斜拱渠)
に、こちらもはまってしまいました。
明治時代、田んぼや水路・通路があったところに
鉄道を横断させたので、水路や通路が分断されました。
そこで、トンネルを造ってこれまで通りに通れるようにしたというわけです。
鉄道と道路が直角に交差するところでは
普通に水平に積んでいくのですが、
斜めに交差するところでは、このねじりまんぼが施行されました。
数は正確には把握されていませんが、
全国に約30箇所しか無いと言われています。
その内、約2/3が近畿地方にあります。
特に旧東海道本線は
ねじりまんぼの宝庫と言われています。
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奥田畑橋梁/大阪府高槻市梶原5丁目
平成22/4/10撮影
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■メッチャ、マイナーな趣味やけど・・・
この趣味は”地の利”が大事で、
世間が花見で浮かれている4月10日、
JR山崎〜島本〜高槻を線路沿いにママチャリで走り、
地図を片手に、JR京都線のトンネルを一つ一つ見て回りました。
■家を出てから約1時間、
普通のレンガ積みのトンネルばかりでしたが、
9箇所めで、ようやく”ねじりまんぼ”を発見しました!!
北側半分はコンクリート製ですので
線路を増やした時に新しく作った物でしょう。
南側は正真正銘明治9年完成のマンボです。
一般的なマンボは、レンガを水平に積み、
アーチで造っているんですが、
線路と道路(トンネル)が直角でない場合、
レンガが線路と直角に近くなるように、レンガを積んでいます。
結果的に道路側から見ると捻ったように見えるのです。
西郷隆盛がまだ生きていた明治9年から、
130年以上現役の土木構造物です。
■見学時には周辺の田畑に配慮しましょう。
周辺に駐車場は有りません。
たまにバイクや軽四も走りますので、交通安全には御注意下さい。
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南側入口
北側半分はコンクリート製 |
側壁部
下段はイギリス積というらしい |
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レンガの面は斜めに”はつって”あります
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レンガは京都の桂で作られたそうです
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「鉄道と煉瓦」では「奥田端」と記されていますが
現場には「奥田畑」とあるので、ここでは「奥田畑」と
表記しています。 |
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■JR京都−大阪間(約43km)には、
明治9年までに作られた煉瓦アーチ橋(スパン1.0m以上)が約80箇所有りました。
その内、向日町〜山崎〜高槻〜茨木に作られてものは殆どが残っており、
日本全国に26箇所しか残っていない”ねじりまんぽ”も3箇所含まれるなど、
貴重な土木遺跡群となっています。
そこで、この区間を全国的知名度の高さと、
距離的中心駅名(現状では島本駅)から山崎駅の名を取って
「山崎煉瓦アーチ群」
と名付けました。 |