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ねじりまんぼ番外編
車 石

京津国道改良紀念工事碑/京都市・山科
平成26年9月7日撮影


車石の写真、TY放映/平成28年3月7日 (記3/14)

(平成28年)3月7日、

テレビ東京から電話が掛かってきました。

ホームページで公開している写真を番組で使いたいとのこと。

被写体の作者の同意も得てるということなので、快諾しました。

その写真というのは、大津駅前に有る”車石”のモニュメント。

車石を敷き詰めた東海道を牛車で登る、逢坂越えの様子が描かれています。

写真なので、たぶん一瞬でしょうが・・・・・。

テレビ大阪 3月14日(月) 夜6:57〜8:00/ YOUは何しに日本へ?


当日、ちょうどテレビを付けたときに”外人さん”が京都三条を出発しました。

どうやら

  浮世絵「東海道五十三次」に描かれた場所を特定し、今と比べる

という企画のようです。


これがその写真。ほんの1秒ほどの放映でした。
車石より牛車に注目したようです。


車石探索

車石との出会い

■旅行パンフに”車石”が載っていました。

ねじりまんぽ探検に行った時、

たけちゃんに大津駅で教えてもらったモニュメントの絵を思い出し、

早速、机上調査を開始・・・・・・・・。


江戸時代、馬車・牛車を庶民が利用することは、禁止されていたそうです。

しかし、1800年当時、大津から京都へは、

年間60万俵の米が運ばれる程物流が盛んで、

この逢坂峠を超える急な区間のみ、

牛車を使うことを許されていたそうです。


驚くことには、歩車道の区別が有り右側通行です。

歩道は安全のため一段高く作られていたといいます。

そんな峠越えの道の

   轍の残った敷き石(車石)

が今も残っているらしい・・・。

ねじりまんぽも未だ制覇していませんが、

今度時間が出来たら”車石”を見に行こっと。(7/13記)


車石を敷き詰めた東海道を牛車で登る、逢坂越えの様子
大津駅前のモニュメント/平成26年5月3日撮影
(テレビ大阪 平成28年3月14日(月)放映の TV番組で使用された写真です)


■ということで、機会をうかがっていたところ、

9月7日(平成26年)は久々の心地よい青空でした。

前日の深酒を吹き飛ばすと云う意味も兼ねて山科へ。


「車石」の有りそうな場所は、

ネット検索とGoogleのストリートビューで目星を付けておいたので、

その周辺を重点的に探します。

山科駅や御陵(みささぎ)駅を起点に、旧東海道を歩くと、

     民家の石垣、道路の縁石、ビルの玄関、記念碑の土台

など多くの車石を発見することが出来ました。

JR山科駅〜京阪四宮

旧東海道沿いビルの玄関
徳林庵 (山科廻地蔵) 徳林庵角の石碑
四ノ宮大明神の入り口 四ノ宮大明神/祠台座に車石
四ノ宮大明神入り口西の民家の石垣 人康親王の墓所
旧東海道・四ノ宮川と交差する橋の西南隅
地蔵尊の建物台座に車石が使われている

御陵周辺

明治時代の橋梁「とうかい95」
旧東海道・JR交差
煉瓦アーチ「とうかい95」
幅3.66m(12呎)高さ3.16m

旧東海道沿いの民家石垣(山科区御陵下御廟野町8付近)

旧東海道

■御陵駅から旧東海道に入ると

ここでも至る処で「車石」に出会うことが出来ます。

中には「矢穴」の有る石までありました。


旧東海道は昔は大いに栄えたそうですが、

今はうらぶれた感じです。

数分歩く度に”お地蔵さん”の祠が有ります。

山からの沸き水が豊富な事をうかがわせる水音とともに、

往時の人通りを思い起こさせます。


道路脇の縁石、奥は車石
山科区御陵岡町4
矢穴のある腰石積み
山科区日ノ岡ホッパラ町46-4
亀の水不動尊
亀の顔に耳がついているそうです
「右明見道」「右かさんいなり道」
と記した2本の道標
大乗寺
酔芙蓉が有名です
光照寺/この寺の北側辺りに
「義経千本松」「高札場」『毘沙門堂』が
有ったとされます

車石広場〜三条通

■旧東海道と三条通り(府道143)が合流した地点に

2004年に京都市が整備した

    車石広場

があり、牛車の実物大の見本や実際の車道を見学でます。

しかし、

   「実際の牛車とは形が違い、車輪の幅も狭い。

   車石の敷き方も資料と違うので間違った情報として認識される可能性がある」

との指摘もあるようです。


その後、三条通り(府道143)を御陵へ戻ります。

その途中、日ノ岡にあるのが

   京津国道改良紀念工事碑

この碑の土台が全部車石で出来ているのです。



車石広場

車石広場の三条通(府道143)を挟んで東側にある擁壁転用の記念碑
平成27年7月4日撮影・追加

京津国道改良紀念工事碑
碑の土台は全て車石


■日ノ岡宝塔・題目碑

「立正安国/南妙法蓮華経/天晴地明」の題目が髭文字で刻まれています。

日蓮宗ではこのように題目を刻んだ石碑を宝塔と称し、

平安から鎌倉時代に建てられた石造宝塔とは区別しているそうです。

 背面の「碑文」には、京津国道改修中に法華塔断片が発見されたので、

これを基壇として昭和15年に造塔供養を行ったとあります。

基礎には多くの車石が利用されています。


■粟田口・名号(みょうごう)碑

木食正禅が、京都11ヶ所の無常所(人を葬ったところ)を寒念仏回向し、

その満行にあたり供養のため建立した碑の一つと言われています。

「南無阿弥陀仏」の六字名号が雄渾な文字で大きく刻まれています。



日ノ岡宝塔・題目碑
腰石基礎には多くの車石が利用されています

粟田口・名号(みょうごう)碑




位置図

大きな地図で見る(グーグルマップ)




INFORMATION

参考文献、リンク

外部リンク

■車石・車道研究会/オフィシャルホ−ムペ−ジ(外部リンク)
 こんな会まであるとは知りませんでした。

■京都新聞/車石/ホ−ムペ−ジ(外部リンク)
 車石の紹介記事です。

■走り井餅/車石/オフィシャルホ−ムペ−ジ(外部リンク)
 歩道と車道が区別されていた様子が描かれた絵が載っています。

内部リンク

■ねじりまんぽ 番外偏−2

  矢穴-T/「山崎煉瓦アーチ群」の矢穴
  /石を割る時にあけた穴「矢穴」。戦国時代のロマンと明治のねじりまんぽが結びつきます。

  矢穴-U/伊賀「上野城」の矢穴
  /ねじりまんぽ探検の途中で寄り道した「上野城」。『石垣の高さが日本一』と言うふれこみなので、矢穴発見の期待大!!

  矢穴-V
  /ここにも、あそこにも・・・。各地で見ることができる「矢穴」を紹介します。

  矢穴-W/「高槻城」の矢穴
  /「山崎煉瓦アーチ群」の”元祖”、高槻城趾の矢穴を探しに行きました。

  矢穴-X/「淀城」の矢穴
  /八幡の背割り堤へ花見に向かいましたが大渋滞。方向転換して淀へ向かいました。
    大名刻印も発見。いくらでも脇にそれていきそうです。



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